スリランカ旅行③ シギリヤロック

築城の歴史
スリランカ、世界遺産の一つであるシギリヤロック。
5世紀に建設。「空中の王宮」
シギリヤロックという壮大な遺跡を遺したカッサパ1世(在位:477年〜495年)は、スリランカ史上、最も孤独でドラマチックな運命を辿った王の一人。
彼の生涯は、「狂気」「芸術」「後悔」という言葉で語られることが多い。
1.権力への執着と「父殺し」の罪
・出自のコンプレックス: 彼は父王ダートゥセーナの長男だったが、母親が平民階級の側室だったため、王位継承権で不利な立場にあった(正室の子である弟モッガラーナが本来の継承者だった)。
・非情な決断: 477年、カッサパは軍司令官と共謀して父王を幽閉。
最終的には、父を生きたまま壁に埋めて殺害したという衝撃的な伝説が残っている。
2. 狂気の拠点「シギリヤロック」
弟モッガラーナの復讐を恐れたカッサパは、当時の首都アヌラーダプラを捨て、ジャングルの中にそびえ立つ巨大な岩山「シギリヤ」へと逃れた。
• 空中の王宮: 標高約200メートルの岩山の頂上に王宮を建設した。
これは防御のためだけでなく、自らを「天上の神(クベーラ神)」になぞらえ、父殺しの罪悪感から逃れるための精神的な避難所でもあったと言われている。
• 芸術への情熱: 断崖絶壁に描かれた有名な「シギリヤ・レディ」や、鏡のように磨かれた「ミラー・ウォール」など、殺風景な要塞を極彩色の芸術空間へと変貌させた。
3. カッサパ1世の最期
18年後、インドへ亡命していた弟モッガラーナが軍を率いて戻ってきた。
運命の判断ミス: カッサパは岩山に籠城せず、象に乗って平地での戦いに挑む。
しかし、戦いの最中に象がぬかるみを避けて向きを変えたところ、それを見た兵たちが「王が逃げ出した」と誤解して退却。
孤立したカッサパは、自ら喉を切り裂いて自害したと伝えられている。

岩と岩の間の階段を登っていく。
犬がシェルパになってくれる。

巨大なライオンの足。
今は前足だけ残っているが、当時はレンガと漆喰で作られた巨大なライオンの頭部がそびえ立っていた。
参拝者や王は、ライオンの開いた口の中へと続く階段を登っていった。
「ライオンに飲み込まれ、王の領域へと昇っていく」という、心理的・宗教的な圧倒感を与える演出がなされていたと考えられている。
シンハラ人の名は、サンスクリット語で「ライオン(シンハ)」に由来する。
伝説の始祖ヴィジャヤ王の祖父がライオンであったという神話があり、彼らにとってライオンは自らの血統を示す聖なる動物だった。
しかし、スリランカに野生のライオンが生息していた記録はない。
ライオン像を掘らせた理由
・正統性の誇示: 彼は平民出身の母を持つ「非嫡出子」であったため、自らを「ライオンの末裔(正統なシンハラ王)」であると強くアピールする必要があった。
・威圧感: 麓から見上げた時に、巨大なライオンが岩山を背負って座っている姿を見せることで、侵入者を心理的に圧倒しようとした。

さらにこのような階段を登っていく。
現在は鉄製の階段が付いているが、当時は岩肌に直接、細い足場(溝)が刻まれ、そこにレンガや石が積み上げられて階段が作られていた。
手すりがついていなかったとも考えられる。

登頂
大きなプールがある。
犬が水を飲んでいる。
建設当時は全体に屋根があったと考えられている。

ミラーウォール
7-19世紀の間(イギリスがこの場を見つけるまで)
様々な落書きがされ、歴史的な意味を持つとも言われている。(当時の古語など、言語学的にも重要な意味を持つ)
築城の際、この壁は周囲の風景を反射させるほどの光沢を持っていた。
壁には、特殊な成分:卵白、蜂蜜、石灰、粘土、ワックス(蜜蝋)などを混ぜ合わせた特殊な漆喰を何層にも塗り重ねられていた。
ミラーウォールには、世界を魅了するフレスコ画「シギリヤレディ」が反射していた。
フレスコ画:壁が乾ききる前に、生乾きの漆喰の上に描く。
やり直しができず、色が変わってしまう。
有名なものイタリア最後の晩餐

コブラに見える。
ここにもフレスコ画が描かれていたらしい。(黄色い部分)
コブラは、水の守護、王の守護、地下世界の主という意味が込められている。
添乗員さんが、シギリーヤロックの説明をする時、世界中の建築家が見に来るほど、素晴らしい技術で作られていると誇らしげに話しているのが印象的だった。
1人の王が、自分の野心のために様々な人々を従えて作り上げた城。
不安、弱さを隠そうと、必死に建造物を威厳のある状態にし、さらに芸術的な嗜好も凝らした(シギリヤレディなどのフレスコ画)。
当時の王の気持ちを想像したり、この城を作った人たちの生活などを想像する。
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